金澤宏紀 Interview

Interview   金澤宏紀

 

展示「明けの明星」会期も終盤に近くなったある日の午後、金澤宏紀さんに電話でお話を聞きました。

 

かっこいい器

 

僕、実家が陶器屋さんなんですよ。丸尾焼という、もうすぐ200年になる窯元*です。

ー 器作りは10代から始められたそうですね。

はい、18歳からです。高校を卒業してすぐ。それからずっとやっています。普段から器を作る中で、それに対する違和感ではないですけど、本当にやらなければいけないことを、周りから唆されるようなことがありました。

ー そそのかされるとは…?

うち(丸尾焼)は、いろんな人が出入りする場所で、それこそ作家さんとか。例えば日比野克彦さんには、僕は中学生の頃から毎年のように会っていて。丸尾焼が主催する大陶磁器展というイベントがあって、そこに招聘アーティストとして来てもらっています。そこで毎年、自分が作った作品について、いろんな人にああだ、こうだと言われて。「そんなつもりで作ってないけどな…」という違和感が、モチベーションになっていったというか。家業の丸尾焼が日常的に使える器、普段着感覚で使える器なら、もっとよそ行きの洋服みたいな感じで今の作品が定着してきた感じですかね。  

 

 

ー メタリックな釉薬を使い始めたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?

使いやすさとか「ナチュラル」な物へのアンチなんですよ。7~8年くらい前かな、生活と器がフューチャーされ出した時に、世の中に”ナチュラルな感じ”が溢れているなと思って、それに対する反感があったと思います。ただ格好いいものを追求してる奴がいてもいいだろうと。そこでわかりやすく「色をかっこよくする」っていうキャッチーな発想から始めたんですけど。あと僕は、粘土ありきでやっているんですけど、その特徴がすごくシャープだったりする。だから、素地に合った色、フォルムのシャープさを引き立たせる色を探した結果、金や銀が特にしっくりきたんだと思います。高校を卒業してすぐに工房に入ったので、はじめは上絵の存在を知らなかったんです。金色の絵具を買ってきて、それを塗って遊んでいたんですけど。そしたらある陶芸家が工房に来て、その人が金とか銀をよく使っていて。聞いたら「これ上絵だよ」て言われて。

 

 

想いの重さ、それが個性になるまで

 

ー 生活や使いやすさに対するアンチということでしたが、金澤さんの器って、格好よさを追求しながらも、一つ一つが手作りで、手の感覚が伝わる感じがあります。

陶芸って、ある程度の形なら簡単に作れちゃうんですよね、みんなが思っている以上に。でも僕の轆轤って、意外に難しいことをやっていると思うんです。シンプルだけど。それって難しいなって気づかせてくれたのが、以前、小野哲平さんに会ったことがあって。彼に自分のまっすぐな器を見せたら「あんまり面白くない」と言われて。すごい失礼なやつだなと(笑)。「これは個性じゃない」というようなことを言われたんですけど。じっと考えてみたら、まっすぐなものを作るって、一番個性なんじゃないかと思えてきて。まっすぐにスッと引いた轆轤って、自分にしかできない。続けるうちに、ありそうでないものを作っているんじゃないかと。丸とかまっすぐって、皆できることなんだけど、そこにこそ自分の強みを出したいと思います。  

 

 

ー 細身のカップ。あの細い筒状を作るのって、実は難しそうですね。

あれはもう、最悪ですよ(笑)。天草陶石*という粘土を使っているんですけど、あれは世界一難しいと思います。すぐ割れるし。シェア率は高いみたいですけど、たぶん轆轤で使っている人はあんまりいないんじゃないかな。

ー 金澤さんの器の地の白色は、粘土の色ということですか。

そうです。金沢の九谷焼はクリームっぽい色と言われているんですけど、それは粘土の特徴なんですよ。天草の白は青っぽい。天草陶石の特徴ですね。あの白が結構好きなんですよ。陽にかざすと透けたりするんです。

ー 透けるんですか…!ちなみに、マットの白もですか?

あれはまた違う釉薬をかけています。妻が使っている釉薬を使ったら、これいいやんと思って。それからずっと妻の釉薬を使っているという。

ー なるほど。釉薬でいうと、やっぱりあの淡い銀彩がいいですね。器の形、シャープさと色が合っていて。それからblackとかgoldは、ドロッとした溶岩みたいな、金属みたいな質感です。

本当は、粘土の素材感をもっと生かしたほうがいいのかもしれないけど。あの上絵は「想いが重いなこの器」ていうのが、伝わったらいいですね。

  ー 表面が縮れているシリーズも気になります。質感は革か、皺をよせた和紙みたいな雰囲気で、色は藍染みたいにも見える。手に持つとしっとり馴染んで、ずっと触っていたい感じです。

あの釉薬は僕の中でも人気なんです。実家の仕事で、釉薬のレシピを弟が間違えたのがきっかけで。

ー 間違えから生まれたんですね。

あれはいろいろ表情が出てきて、育てる系ですね。使いながら仕上がっていくみたいな。

 

 

土も時間も有限

 

粘土を大事にしていかないといけないと思っています。何かの話で、九谷の土は無くなったんだよと聞いたことがあって。

ー 天草ではずっとその土地の土を使い、作り続けているんですよね。

僕は粘土があってよかったですよ。時間とか、粘土とか、本当に有限ですからね。無駄なものは作りたくないですよ。

地元のお兄ちゃん的な存在の人が器をみて、「これさ、俺たちが死んだ後も残り続けるんだぜ」と言っていて。本当にそうだよなと思って。自分が死んでも残ってくものを作るとなると、力入りますよね。

ー それは、私たちも古い物を扱っているので、感じるところですね。

 

軸としての共同制作 Scarlet Pottery

 

 

ー 個人の制作とはまた別に、今回一緒に出品していただいたScarlet Pottery*の制作がありますね。

熊本の仲の良いギャラリーが声かけてくれて、初回は子どもが生まれたタイミングもあったので、子どもの器を作ろうよと。今年のあたまに2回目の展示をやったんですけど、今回は「子どもの器」は関係なく作ろうって二人でいろいろと考えました。一応、スカーレット・ポタリーという会社があって、そこに属している僕と妻。コンセプトはまだ特にないんだけど、二人の軸として、それがあってもいいかなと。二人でやっていく新たな試みとして。今年の熊本の展示でけっこう売れたので、またやんなきゃいけないのか…大変だなという感じです。

ー お二人で作るということですが、形と絵付け、それぞれ分業というほど単純ではなさそうです。

結構お互いに踏み込んでいます。

 

 

ー 今回出品いただいた器でも、カップのサイズ感とか形に、子どもの器という意識を感じました。

地続きであるっていうことがポイントで。子どもの時の用途と、それをずっと使い続けて大人になった時の用途って変わっていくよねと。一つの形についてストーリーを考えて作っています。子どものときはヨーグルトの器だったけど、大人になったらいつのまにかそれで日本酒飲んでるわ、みたいな。

ー 子どもの頃からやきものを使える経験って少ないのかもしれません。

何がよいかってわからないけど、ちょっとした豊かさを自分の子どもにも伝えていけたらと思います。あと、家族の時間を大切にするとか。自分たちの個人的なものでも、今のこの、家にいなきゃいけない時間が増えていく中で、意外と役に立ってくれるんじゃないかと。  

 

オブジェの可能性

 

 

ー 最後にお聞きしたいのは、蓋物のオブジェ。

あれは良いですよ。別になくてもいいけど、あったらいいでしょうというところ。

ー エネルギーの塊みたいな印象です。ゴールドだからかもしれないけど。有機的な形で、種や、木の実のようにも見える。あとサイズが絶妙ですよね。

そうなんですよ。やらしいところついてるでしょう。

ー はい(笑)。あの大きさはちょっと原始的な感じがしますよね。植物の隣に置いてもいいですね。

そう、プリミティブなんです。

ー ちなみに、オブジェ作品はほかにも作っていますか。

今はあれだけですね。できたらいいんですけどね、戻って来られなくなりそうだから。

ー では50、60代になった時に是非。

そうですね。

 

(以上)

 

現在のスタイルに至る制作の経緯を聞きながら、そのお人柄を垣間見る機会となりました。今回が北陸では初めての個展。会期中には来場いただく予定でしたが、COVID-19の感染拡大に伴い、やむなく断念されました。近い将来、作品を前にしてまたお話できることを楽しみにしています。ありがとうございました。

聞き手 小川(SKLO)

 

*丸尾焼 天草市を拠点とする1845年創業の窯元 https://www.maruoyaki.com

*天草陶石 天草に産出する陶磁器の原料

*Scarlet Pottery   金澤宏紀さん、木ユウコさんの会社であり、共同制作の器ブランド