Manus 後記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Exhibition

Manus / 手

大村大悟 光井威善

Daigo Ohmura  &  Takeyoshi Mitsui

2020. 8.15 – 30

at  S K L o

 

 

 

生活から、身体を使う仕事が

ひとつまたひとつと無くなっていく。

簡単便利の代償として、身体感覚はどんどん希薄になる。

久しぶりに舗装されていない土の上を歩くと、

足の裏からその複雑な柔らかさや硬さ、ほんの小さな石の存在を感じ取れることに驚く。

火を起こすということは、かつては生きるために欠かせない能力だった。

炉の中に残る炭、薪木の乾き、空気の通り道があるかどうか、

無数の情報を読み取り、火が起こりやすい環境を整える。

そうした、生きる上で人が当たり前にもっていた感覚能力を、

取り戻すには時間がかかりそうだ。

気がつくと、胸から上だけで呼吸し、目と手の先だけを動かし、働いている。

そうした日々に自戒を込めて、

ものをつくる人の仕事を見てみたいと思った。

「Manus」という言葉は、古く西洋で「人の手」を意味していた。

「ものをつくる仕事」の意味にも派生したこの言葉を借りて、

あらためて、つくるとはどういうことか、考えてみたかった。

 

大村大悟さんは彫刻家で、素材は石や金属もあつかっているけれど、

もっとも親和性をお持ちなのはやはり木だと思う。

その素材を見て、生まれ持った表情を引き出すような仕事をされる。

作為を意識させぬほどに、素材が気持ちよく呼吸しているようだ。

そうした作品が空間に置かれると、

周囲の空気、光や影をも取り込んで、景色が静かに動き出すのだった。

 

光井威善さんの制作を見ていると、

吹きガラスという手法が本人の身体感覚と調和していると感じる。

流体のガラスには直接は触れられないながらも、

その動きをよみ、瞬間ごとの判断を繰り返す。

身体と、竿を回す手、その先のガラス塊が

ひとつ呼吸を共にしながら、みるみる間に形ができてゆく。

 

彼らの経験と感性によって生み出される創作は、

誰にでも真似できるものではない。

その造形の輝きを、

ご来場いただいた皆さまと共有できたなら幸いです。

 

S K L o