水のこと

 

 

もう20日間くらい雨が降ってないだろうか。当たり前だけどお米づくりには水が必要で、必要なときに必要な分だけ水を田んぼに注げるように、昔の人たちは様々な工夫をしてきた。ときには隣集落と言い争いになったり、個人的な力関係で水を回してもらえなかったり、それ以前に灌漑設備の不備だったり。そのようなことにならないように生み出された仕組みが数百年、数千年の稲作文化を支えている。なるほど、こんな時だからこそ先人たちの知恵を拝見しようじゃないかという気にもなってきた。さっそく今回の日照りでの発見があった。田畑に水を行き渡らせるために溜池の栓を一つずつ抜いていくわけだが、これが全部なくなって、更に雨が振らなかったらどうなるのだろうといった不安が頭をよぎった。その時無意識に思ったのが「雨乞い」の儀式。昔はよく行われたと聞く。内容はシンプルで神様に奉納する、神様にお願いする、神様をおだてる、神様を怒らせるなどで、どれが一番効果的だったかでその土地の雨乞が決まる。それが儀式化し神話性を持ちその土地の風土となって語り継がれていった。学ぶこととは、情報として知ることではなく、自身の体験や経験からの実感を含んだものでないといけないと思っているので「雨乞い」を思い起こさせるような体験とそれによって得た知識は、とても良い収穫であった。